柚の周りの人シリーズ①

夜に暖房が付けっぱなしになっていると、喉が乾燥してしまうので、親が寝る時間にはすべて消してしまう。
読書灯の下に世界史の教科書とノートを置いて、なかなか冷えの取れない体を、モコモコの毛布でくるんでいる。
もう2月だ、3年になってから勉強を始めたのでは遅い、と言われているけれど。下線を引きすぎた教科書の下には、罫線しか引かれていないノートがあって。
「寒いなあ……」
外よりも白いノートが、弱いテレビの光で少しだけ色が変わる。教科書はちょうどアメリカができた頃。テレビは合間のニュースがちょうど終わる頃だ。
体が温まったら進めるよ、と宣言して、ぼんやりテレビを眺める。
チープな音楽と一緒にMCの芸人がご挨拶。アイドルのバラエティー番組らしい、世界史より面白くない番組、よりは面白いだろう。
前説が終わって、出てるアイドルを、一気に、バーッと紹介したから、名前を咀嚼するまで少し時間がかかった。日本史専攻じゃないのだ、長い漢字の名前は頭に入らないようになっている。
「なんか聞いたことあるね、喜多見?」
高校1年の早い頃に転校した子が、この子だった気がする。このまあまあの、まあまあの高校から早い内に。芸能コースがある高校に転校したんだっけね。
中学校の同級生が少なかったから、なんとか輪に入ろうとして苗字はたくさん覚えたけど、この子は下の名前を覚える前に私の手からこぼれていった。
『じゃあ次、柚ちゃんやってみようか』
『了解、アタシにできるカナ……?』
方程式やらプランテーションに追いやられた記憶を手繰っている内に、その、喜多見ちゃんこと柚ちゃんの手番らしい。
昼休み後半の暇つぶしみたいなゲームだ。大きな机の上で、サイズの違うかまぼこを指で弾く、カーリングと同じルール。
既に真ん中の10点ゾーンにはバカみたいに大きいかまぼこが鎮座していて、思いっきりデコピンしたって動かなそう。黒のロングの女の人がサムズアップしてる。どうやったんだろう。
喜多見ちゃんはうーんと頭を捻って、その辺に置いてあったかまぼこ板をおもむろに手に取った、これをかまぼこを倒すと言わんばかりに、カメラに向かって満点の笑顔を向ける。一瞬の間があって、MCの慌てる声、スタジオとアイドルの笑い声、それらでできたステージで、カメラを独占してしたり顔。
読書灯のシャープな光をかき消して、テレビいっぱいの笑顔から放たれる肌色の、弾力のある光。
その時、なんだか心がいっぱいになってしまって、寒いこと、世界史のこと、転校のこと、かまぼこのこと、そんなものは心のコップから溢れてしまって、幼稚園で初めて機関車トーマスを見た時みたいにテレビに釘付けになった。
番組はまだ続いていて、また柚ちゃんが出ないかとソワソワしながら見守っていたけれど。角膜と水晶体の間にあの時のしたり顔がフィルターとして差し込まれているせいで、後のことは全部分からなくなってしまった。
テレビがもう関係のない、通販番組になっても、フライパンからツルリと汚れが落ちても、スチーマーが染み抜きをしても。

余韻のまま2階に行って、毛糸の靴下を脱いで、ベッドに横たわる。上に持ってきた書きかけのノートを開いて、嬉しくなる。私の世界史には喜多見柚の名が残されているのだ。