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柚の周りの人シリーズ②

2012年の12月。日本を寒波が襲い、今もまだその残り香がただよっている。
「絶対寒いですよ、こんなに薄い生地、中にセーターとか着てた方がモコモコになってトナカイっぽくないですか?」
直談判しても、店長は首を振らず、何も変わらず。
12月24日の購買力に賭けて、どうやらトナカイの格好で外に一人、せんべいやあられを売らせるらしい。関係あるか?
初めて1ヶ月半のバイト。高校からは少し遠いところの商店街を選んだ。せんべいや乾物を売る店なので、おばちゃん相手で気が楽だ。服や靴が欲しくて始めたバイトで、ドンキのトナカイコスプレを買うはめになるとは思わなかったけれど。
店用の白いTシャツの上に、トナカイ。これが毛皮だったらどんなに良かろうか。羽織ったポリエステルを武器に、真冬の下に出て行く。
雪こそ降っていないものの、かなり気温は低い。これが普段のレンガ通りだったら見た目すら寒かっただろう。クリスマスイヴに助けられた。
「……せんべい安いですよ」
店長に駄々をこねたせいか、もう19時を回る。商戦も終盤で、周りではケーキやチキン、寿司なんかの残りを投げ売り始めている。
「あられが安いですよ」
そんな声をかけても、ビニール袋を手にいっぱいの、足早な奥様はみな家へと急ぐのだ。浮き足立つ日に、好んで日常の味を求める人は少ない。
「あられとせんべいをセットで買うと楽ですよ~」
もう投げやりになってしまう。ノルマはないから、このテンポの早い、残り1時間ほどを寒さに耐えるだけでいい。
くじ引きの1等がようやく出たらしく、盛り上がるそっちをゆらり見ている、と、くじとは逆の目の端にお客さん。
「あられ、1つ!」
中学生か高校生と見た、朱色のパーカーにカーキのズボン。彩度を落としたクリスマスカラー
パーカーから伸びる丸いモコモコを踊らせながら、手に取ったあられを差し出す。
「はい、お1つで216円です」
「ん、ありがとうございます」
お金と物をやり取りして、最後に顔を見る。浅く被ったフードの下に、ぱっつんの前髪があって、垂れ目が覗いている、通りに星が瞬く中で、1等明るい光を放つ。柔らかくて強いその光で、少し自分が止まる。
どうしたんですかの声がかかる前に動き出したけど、相手はちょっぴり疑問形の顔。
「あ、や、ありがとうございます」
一礼をするとあちらもぺこり、去っていく。離れた後に、自分の肩に力が入っているのに気づいてしまう。
そしてその時に、予感がした。スリーポイントシュートが手から離れた瞬間に、ゴールに入ったと分かる感覚。ボールを見なくても、ボールの行方が気になって見てしまっても、ゴールに吸い込まれていく。まだほんの始まりに過ぎないのに、最後まですべて見えたような確信。
それが、この1分もないやり取りで見えた気がした。
既に遠くの、上下する朱のパーカーを見送る。足早な往来の中を、一人変わらぬテンポで歩き続けている。
まだ向こうではくじ引きで盛り上がっているし、ケーキを投げ売る声が通る、そんな中で、あの子は自分のペースで進んでいく。

丸2年近くが経った1月、見慣れた音楽番組で階段を降りてくるあの子を見た。周りの子のペースを自分のものにして、降りてくる、眩しいチェックの衣装。
これがゴールなのか途中なのかは分からないけれど、ボールはシュートの軌道を描いている。